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感覚を磨け、心の目を鍛えろ

今日は普段より少し早い時間に朝のランニングを始めた。

 

いつものように家の近くの千葉公園をめざした。

朝の7時半ということで公園はとても静かで空気は澄み渡っていて、直感的に「これはやばいな。」と感じた。

 

 

公園の木々にシルクのように滑らかな光が差し込んでて、枝の一本一本がいつもより鮮明に見える。葉っぱの色は一枚一枚違う色をしてて、木の幹もみんな違う質感・違う形。

 

 

 

最近締め切りに追われていて、頭が無駄な思考(ノイズ)で霞がかっていたから、久しぶりの感覚だった。心が研ぎ澄まされている感覚。いつも勉強前とかにマインドフルネス(脳を鮮明にする呼吸法)でノイズを取り除くようにはしてるけど、この感じは本当に久しぶり。

 

 

 

いつもは公園を通り抜けて市街のほうを走るんだけど、今日はあまりの自然の美しさに感動してコース変更。公園の中の小山のほうに、綺麗な梅の花が咲いてるのを発見してそっちを目指すことに。

 

 

 

すると小山の裏手にサッカーコートくらいの開けた草原が広がってて、その端に3つの石碑が立っているのを発見。「もう3年くらい千葉公園を走ってるけど、こんな場所があったんか~」と驚いて石碑を見てみると、なんとそれは先の大戦における「少年特攻隊兵の慰霊碑」だったのだ。

 

 

 

 

それを見た瞬間心が研ぎ澄まされていたこともあってか、当時おれと同い年かもっと若かったであろう彼らにぐぐぐぐーっと感情移入した。そして当時の彼らの視点で世界を見てる感覚になったのだ。

 

 

なんとなく映画とかテレビの影響もあってか、戦争当時の世界は白黒の味気ないイメージだった。けどおれはありありと当時の彼らが「現代と同じようにこの梅の花や森の木々の多彩な色の美しさ、そして空気の味、朝の太陽の光を感じてたんだな」と確信した。そして自然の美しさが現代と変わらない一方で、死というものを常に傍らにおいて日々を過ごしていたと思うと、強烈に感動した。そして心の底から

 

 

 

「一日一日が有難い」

 

 

 

と思った。今の時代、おれらは90歳くらいまで今と同じように生きられると当たり前のように思っている。平和がずっと続くと思っている。だから一日一日をめちゃくちゃぞんざいに扱っていると思う。そうすると何が起きるか?

 

 

 

めちゃくちゃ感覚が鈍ってくるのだ。普段公園を歩いてても自然の美しさなんて気にも留めないし、ご飯だって味わわずに食べるし、友達や恋人といる時間もどうせまた会うしみたいな粗雑さがどこかにある。

 

 

「この状況当たり前じゃねーからな!!」

 

 

とおれは加藤浩次ばりに心の底から叫びたい。(普段の自分に対して)

 

 

 

とはいえこれは一種の平和病とでもいいますか、しょうがないことだとも思うんだよね。生まれてこの方戦争や飢饉なんてちょっとも体験したことがないわけで、ずーっと平和。そして日々学校や仕事や付き合いの忙しさに追われ、イチイチありがたがってる暇ねーよ!となるのは当然だと思うのだ。

 

 

だからおれが心に留めておこうと思ったのは、ちょっと気が向いたときにでいいから当たり前をちゃんと噛みしめて味わう意識を持っておこう!ってこと。「やりたいことが見つからない」とか、「自分で人生のかじを取ってる気がしない」とかはこの感覚の鈍さが原因だと思うんよね。心の目を鍛えて、世界の美しさ面白さを本気で感じ取れるようになったら、やりたいことだらけすぎて逆に困ると思う。体が勝手に動いてしまうと思う。

 

 

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そういえば最近芸術家の岡本太郎の本を読んで、自分の感覚の鈍っている具合を痛烈に自覚した。おれは絵とか芸術にはもともと結構興味があって、美術館とかにたまに行ったりするんだけど、正直さっぱり絵の良さがわからないのだ。すごいうまいな~とか思うし、絵の説明とかを読むとなるほど、こういう意味だったんだと感心したりはする。でも心の底から感動したことは一度もなかったのだ。

 

 

 

今までは感動しない原因が、絵の知識がないからだと思っていた。絵の技法とか作者についての背景知識とかを蓄えていけば、絵の良さもわかってくるかなと考えていた。しかし、岡本太郎に言わせればこの考え方はチャンチャラおかしいのだ。芸術ってのは頭で考えて見るもんじゃなくて、心の目で感じ取るものなのだ。

 

 

 

つまり、おれが絵をみて感動しなかったのは、頭で考えていたから。心の目を鍛えて、プレーンな状態で絵と向き合わないと、本当の良さはわからないんだろうね。(岡本太郎は初めてピカソの絵を生で見たとき号泣したらしい。)ということで、今は何の背景知識も入れないで、今の俺の感性・想像力・人間力で何を感じ取れるのかに集中して絵を見るようにしている。これがめっちゃ楽しい!!

 

 

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これはピカソの「泣く女」っていう絵らしい。

 

 

あえて何の知識も入れず30分くらいじーっと見てると、ちょっとずつ面白く見えてくる。ちょうどお米をずっと噛んでると甘さが広がってくる感じ。あえて何を感じたかは書かないけど、芸術の楽しみ方がわかった気がした。

 

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そんなこんなで最近、純粋な心の目で世界を見れたら本当に美しいんだろうな~と思う。その美しさを子供のころは感じられていたんだろうね。なんかのCMで子供は一日400回笑うけど、大人は15回しか笑わないって言ってた。もったいないね~。

 

 

まあこのことに24歳で気づけたのをラッキーだと思おう。ということで、「感度をビンビンに上げてこうぜ!」っていう話でした。

 

 

 

 

 

 

最後に、世界がどんだけ美しいかがわかる映像をプレゼント。

 

www.youtube.com

 

 

 

 

おわり。